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書籍紹介2『その心理臨床、大丈夫?心理臨床実践のポイント』

 本日は、書籍『その心理臨床、大丈夫?心理臨床実践のポイント』をご紹介したいと思います。タイトルの通り、「今一度立ち止まって心理実践を振り返りましょう」という内容です。

その心理臨床,大丈夫?---心理臨床実践のポイント

 心理職として仕事を始めたばかりの頃は、資格を取り、徐々に心理支援に慣れたと錯覚してしまうなど、心理職として危険な実践をしてしまう恐れが高い時期でもあります。
 そこで、本書では、心理職が直面しやすい困難を二部構成で解説してくれています
 まず前半の構成として、若手心理職に対して2名のベテラン心理職がSVを行う様子を、それぞれSVそのままに対話形式で紹介しています。
 専門分野の異なるスーパーバイザーによって、1つのケースを複合的に理解することができます。同時に、スーパーバイザーが違っても、共通する大事なポイントを理解することができます
 また、スーパーバイジーとして登場する若手心理職も年次が異なります。そのため、専門職としての技術的成熟度(機能コンピテンシー、臨床実践への姿勢(基盤コンピテンシーに差があります。スーパーバイザーは、そうした若手心理職の専門家としての発達段階に応じて丁寧なコメントを返しています。スーパーバイザーの姿勢から、日ごろ、クライアントにどう向き合っているのかが伝わり、それだけでも参考になると思います。
 そして、書籍の後半では、岩壁先生や岩倉先生など、ベテラン心理職で経験豊富な先生方が、若手が直面しやすい困難を丁寧に解説してくれています。前半では、困難自体が、後半では困難に対する対処が説明されているため、本書を読み進めるだけで「今の自分に何が足りないのか」「どうしたら良いのか」についてじっくりと考えることが出来るようになっています。
 

【対象】
 心理職1年目~10年目くらいの方にお勧めですが、10年目以降は、先述した通り、スーパーバイザー側の視点で読むこともできます。とても勉強になるため、何度も読み返せる書籍だなと感じています。

【感想】
 本書で登場してくる若手心理職は、SVを受ける際のケース記録の書き方や着眼点がしっかりしています。うちの若手にもこの本を読んでもらおうと思い、本棚にそっと置いておきました。
 また、本書の編者の一人である中村菜々子先生は、以前学会で挨拶させていただいたことがありますが、少し話しただけで聡明さを感じさせるような方でした。周囲からの評判も高く、そういった面でも私は安心して読めました。
 後半に名を連ねる先生方もまた、大変経験豊富で優秀な先生方です。記事で紹介するにあたり、改めて読みましたが、4月から心理職として働き始めた方に安心して読んでいただきたいお勧めの1冊となっています。
 興味のある方はぜひお読みください。

公認心理師過去問解説 2018年午前 第三問 

 

目次

 

 本日は、公認心理師試験2018年午前第三問を見ていきたいと思います。
 まずは、問題を見てみましょう。

【問題】

14歳の女子A、中学生。摂食障害があり、精神科に通院中である。最近、急激にやせが進み、中学校を休みがちになった。Aの母親と担任教師から相談を受けた公認心理師であるスクールカウンセラーが、Aの学校生活や心身の健康を支援するにあたり、指示を受けるべき者として、最も適切なものを1つ選べ。


1 .栄養士 2 .学校長 3 .主治医 4 .養護教諭 5 .教育委員会

 

【答え】

3

 

【ポイント】

 問題を解くときに、頭にとどめておくべきポイントは、次の三点かなと思います。
 ・摂食障害精神科通院中
 ・最近、急激にやせが進んだ
 ・要支援者の関係者からの相談
 問題の内容や選択肢によって、回答に影響を与える要素としては、こんなところでしょうか。A本人は未治療だけど「親には言わないで欲しい」と言われている、とかになるとまた答えも変わりますからね。
 ただし、問題の最後でAの学校生活や心身の支援において「指示を受けるべき者」として、「最も適切」とあります。また、3以外の選択肢は、栄養士、学校長、養護教諭教育委員会ですから、選択肢を見れば簡単に回答を3に限定することができるでしょう。
 

【解説】

 一応、何を理由に回答を主治医と絞るか検討してみましょう。理由としては、例えば次のような理由が挙げられます。

 ・身体疾患の可能性について検討が必要なこと
 ・すでに精神科通院中で病状に急激な変化がみられること
 ・公認心理師が支援を行うことが適切かどうか不明であること
 ・急激にやせが進んだとは言え、緊急性が不明であり、情報共有に関するAの意思を確認できていないこと
 ・緊急性が明確だったとしても、③以外はAの意思を確認できていない状況で、情報を共有する対象として不適当であること
 ・公認心理師法第42条で「支援を要する者に当該支援に係る主治の医師があるときは、その指示を受けなければならない」と決められていること

 などなど、問題文が簡素なだけに考えられる理由はたくさん出てきます。ただ、この問題は、最後にあげた公認心理師法第42条を理解しているかどうかを問うているだけだと思うので、答えは即答で③として良いでしょう。
 公認心理師法第42条については、過去の記事でも説明していますので、併せてご覧ください。

 
 ちなみに、問題の解説とは少し別になりますが、この問題で出てくる摂食障害は重要な疾患なので、少し解説しておきます。詳細な解説はまた別の機会にしたいと思います。

摂食障害とは

 摂食行動の異常を主症状とする、神経性やせ症神経性過食症特定不能の3タイプに累計される。
 児童期~青年期を好発時期として、圧倒的に女性の罹患率が高い病気で、やせ症と過食症は、肥満への恐怖や痩身願望といった体型へのこだわりと、やせるために「食べずに痩せる」「自己誘発性嘔吐や下剤などで排出する」といった手段によって分類される。DSM-5では、痩身願望などの体型へのこだわりが無く、食事の摂取が不十分で痩せてしまう「回避・制限性食物摂取症」が追加された。
 摂食障害は、BMIの数値が13を下回るほど危険な体重減少を伴うこともあり、致死率の高い精神疾患とされている。

 

 

 この問題の回答は、試験では30秒もかけずに答えるような問題です。初回試験は、簡単な問題が多かったことから、今後このような問題が出ることは少ないのではないかと思います。ただ、前提となる知識は変わらないので、こうした問題を解くことから基礎的な知識を固めていきましょう。

【公認心理師試験対策】一時保護【後編】

 前回の記事では、通告を受けてから児童相談所がどのような調査を行うのか、調査の基準や法的な根拠は何か、といった部分を解説しました。

 それでは、今回は、児童相談所による調査が実施された後のステップを見ていきたいと思います。

 

■ポイント■


【調査結果の判定】

 児童相談所職員による詳細な調査の結果は、次のフローチャートなどを参考に、評価されます。

 フローチャートで示されているように、状況の切迫度合い重大な結果の有無などを根拠に、緊急一時保護一時保護一時保護の検討保護者、子どもへの援助と対応が分かれていきます。
 このフローは、2018年の過去問で問われました。図を丸ごと覚えてしまうくらいで良いでしょう。詳細を下の記事で紹介していますので、参考にご覧ください。

psychobank.hatenablog.com

 

【一時保護が始まったら】

 一時保護が始まると、まず、保護者や子どもに対して一時保護の目的、期間などを書面で説明します。虐待をしている保護者に対して、「虐待の告知」を行うことは、一時保護における重要なプロセスです。
 また、在宅援助をしている段階で一時保護に至る場合もあります。ケースバイケースではありますが、そうした場合は援助の担当者以外から一時保護を説明することが望ましいとされています。

虐待の告知

 児童への保護者のかかわりが不適切であり、子どもの養育に悪影響を及ぼすという点を、保護者に対して、明確に指摘すること。ただし、虐待の告知は、保護者を責める目的ではなく、子どもへの養育態度の変容を目的としているので、心理職は、保護者支援の一環として伝えるよう努めなければならない。

 虐待の告知を明確に行わないことにより、虐待環境が改善しない、一時保護による子どもとの分離に対して、保護者の苦痛や訴えが強まるという問題も生じる。 

 
 また、子どもに対しても保護者と同様に一時保護の目的を説明しなければなりません。子どもは、通学先から家に帰ることなく一時保護となることもあります。生活の変化なども含め、動揺が大きいことを想定し、丁寧に目的、今後の見通しを伝えます。


【入所時の子どもへの対応】

 いざ、入所する段階になると、児童相談所はまず子どもの健康状態を把握します。子どもの状態確認は、子ども自身が受けてきた虐待によって異なります。怪我の確認では、証拠を記録する必要があります。また、栄養状態の確認、産婦人科の受診が必要になる場合もあります。
 いずれの場合も、子どもが十分に安心できる環境で、十分な説明の元で行わなければなりません。

【保護者の権利】

 一時保護は、保護者の同意の必要ない強力な行政処分です。それだけに、保護者の権利が侵害されるおそれもあります。そうした場合の保護者を救済する措置として、行政不服審査法に基づいて保護者が不服申し立てをする制度があります。
 児童相談所は、一時保護を開始する際、保護者に対して、不服申し立ての権利があることを説明する必要があります。

【一時保護の期間】

 一時保護は、「一時」としている通り、期間の定めがある措置です。2週間から2か月を目途に実施されます。
 児童福祉法第33条では、一時保護は「2か月」を超えることができないとされています。しかし、2か月が経過しても、児童の養育環境が改善しない場合もあります。その場合は、「一時保護の延長」という措置が取られます。

 

【一時保護の延長】


 一時保護は、児童相談所または都道府県知事「必要があると認めるとき」に延長することができます。
 とはいえ、最初に記した通り、一時保護は強力な権限です。児童相談所長の判断にも一定の制限が必要になります。保護(親権)者が同意している場合は、児童相談所長の判断で延長できますが、保護(親権)者の同意がない場合は、2か月ごとに家庭裁判所の承認が必要となります。


【一時保護後の継続的支援】


 一時保護は、児童の心身を保護する措置であるとともに、児童のその後の処遇を決定するための期間でもあります。一時保護を終えた後の処遇は、「在宅支援」「代替養育」に分けられます。

・在宅支援

 基本的に一時保護を終えた9割在宅支援となります。
 在宅支援が決まると、児童の情報は「要保護児童対策地域協議会」に共有され、地域で連携して支援が継続されることになります。
 



・代替養育(委託一時保護)

 一時保護の結果、在宅での支援が難しいと判断された場合は、代替養育という措置が取られます。
 代替養育には、児童相談所に併設されている一時保護所や、児童養護施設乳児院、ファミリーホーム、里親などが含まれます。
 また、虐待が発覚しても、すぐに児童相談所が保護できない遠隔地で起きた虐待の場合などには、委託一時保護として、児童養護施設などで児童が保護される場合もあります。

 

  • 【一時保護の課題】

 一時保護は、保護期間の長期化が課題として指摘されています。また、長期化に伴って、さまざまな背景を持つ児童が同時に同じ環境で暮らすことになる点も課題として指摘されています。

【公認心理師試験対策】一時保護【前編】

 前回の記事で解説した、2018年公認心理士試験 午前 第二問では、一時保護の中でも緊急一時保護に関する知識が問われていました。

psychobank.hatenablog.com

 この問題は、一時保護に関するフローチャートを確認すれば、すぐに答えにたどり着いてしまう内容だったため、あまり詳しい解説ができませんでした。しかし、一時保護の制度自体は、児童福祉法で定められているだけでなく、児童虐待防止法の文脈でも出てくるため、複雑です。
 にもかかわらず、心理職試験向けの参考書を見る限り、あまり詳しい説明は書かれておらず、概要しか理解できません。試験だけでなく、実践も見据えた勉強として、きちんと理解しておく必要があります。
 そこで、今回の記事では、一時保護を前編後編に分けて解説したいと思います。

目次

 

【一時保護とは】

 一時保護とは、児童の安全の確保、保護を目的とした措置のこと。児童福祉法第三十三条で定められている行政処分の一つ。一時保護は、児童虐待に関する通告、または市町村等からの送致を受けた場合に、必要に応じて児童相談所長、または都道府県知事の権限により実施される。
 一時保護の期間は原則として2か月を超えてはならない。ただし、児童相談所長、および都道府県知事が必要と判断した場合は、家庭裁判所の承認を得て、一時保護を延長することができる。

 

【一時保護の目的】

 一時保護の第一の目的は、子どもの生命を保護することです。ですが、命さえ確保できれば良いというわけではありません
 一時保護では、「現在の環境におくことが子どものウェルビーイングにとって明らかに看過できない」と判断されるときに、一時保護を行うべき、とされています。

 要するに、「今ピンチ!」も「このままじゃいつかピンチになる!」も、「ピンチではないけど、明らかに子どもにとって良くない環境だ」も、すべて助けられるようにしようということです。
 ただ、実際には、保護者の病気などの問題があって、子どもを「育てたいけど育てられない」保護者の要望を受けて保護するという場合もあります。他にも、子どもの援助方針を判断するための行動観察心理療法などの支援が必要だけど、通所での継続した支援が難しいと判断される場合に行われる短期入所指導などもあります。

 そのため、「一時保護=虐待ではない」ということも知っておく必要があります。

【一時保護の法的根拠や基準】

 一時保護の制度は、児童福祉法第三十三条で「児童相談所は、必要があると認めるときは、(中略)児童の一時保護を行い、又は適当な者に委託して、当該一時保護を行わせることができる」と定められています。
 また、児童福祉法第十二条で、児童相談所には一時保護可能な施設を設置することになっています。基本的な一時保護は児童相談所で行われます。

【虐待の発覚から一時保護までの流れ】

 図は、厚生労働省で解説している「子ども虐待対応・アセスメントフローチャートhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv12/05.html)」を使用しています。そちらもぜひご覧ください。

 上の図からも分かるように、一時保護をするまでの調査は、①通告→②受理会議→③安全確認→④決議→⑤保護の流れで進められます。詳しい内容を見ていきましょう。

 

①通告

 虐待を受けている本人、保護者、または近隣住民からの通告、もしくは、児童相談所への送致を受けて、一時保護が始まります。
 虐待通告は、電話窓口「189(いち早く)」や近隣の児童相談所などに直接相談されるケースが多いようです。基礎中の基礎の知識です。

②緊急受理会議

 通告受付と同時に「通告受付表」は順次記入され、迅速に緊急受理会議が開かれます。この「迅速」という点が難しいですが、児童虐待防止法第八条では、迅速な対応を努力義務としていますし、厚生労働省「休日や夜間に関わりなくできる限り速やかに対応する事を原則とすべき」としています。また、児童相談所運営指針では、通告後48時間以内に対応することが望ましいとされています。

 

③子どもの安全確認

 子どもの安全を確認するフェーズに入ります。この安全確認は、一時保護の要です。子どもの安全確認は、まず、家庭訪問が基本です。家庭訪問、学校訪問で子どもの様子が確認できない場合に次の4つのステップ(出頭要求、立入調査、再出頭要求、臨検・捜索)に進みます。試験対策として必須の知識ですので、しっかり解説したいと思います。
 よく、「児童相談所は強力な権限を持っている」と言われますが、この手順を見れば、いかに児童相談所が慎重に対応を進めているかが分かっていただけると思います。

●出頭要求

 児童虐待が疑われる場合、第一に子どもの状態を確認し、安全を確保する必要があります。その場合、必ず対面で子どもの安全を確認します。子どもと対面できない時点でおかしな状況なので、対面は必須です。
 都道府県知事は、虐待が疑われる子どもの保護者に対して、子どもを同伴して出頭することを求めることができます。これが、出頭要求です。

●立入調査

 出頭要求に保護者が応じない場合、都道府県知事は、児童相談所の職員などに立入調査をさせることができます。児童相談所は、必要に応じて警察の協力を要請することができます。現場判断が必要な部分は、児童相談所長が決定できた方がスムーズということでしょうね。
 児童相談所職員は複数(最低2名)で、立入調査を行い、詳細な聞き取り、情報収集を行います。必要に応じて写真撮影など、裁判での証拠も収集します。
 立入調査は、私的空間に踏み込むことになるので、家庭に大きな影響を与えます。ここがまさに心理職の腕の見せ所と言えます。

●再出頭要求

 保護者が正当な理由なく立入調査を拒否することや、子どもに嘘の証言をさせて立入調査を妨害するなどの行為は、児童福祉法第61条罰金刑が課されます。
 それでも、出頭要求や立入調査を拒否する保護者もいるため、保護者に対して、再度子どもを同伴して出頭するように求めることができます。これが再出頭要求です。

●臨検・捜索

 保護者が再出頭要求さえ拒んだ場合であって、児童虐待が行われている「疑い」がある場合に初めて、臨検・捜索が行われます。出頭要求の時などは虐待の「おそれ」でしたが、臨検・捜索の虐待の「疑い」は、より虐待の可能性が高いことを示します。
 ここまで子どもの安全確認ができない時点で異常事態ですから、この臨検・捜索は、保護者の意思が無くとも住居に立ち入り、子どもを捜索することができるようになります。
 とはいえ、この臨検・捜索はかなり強い権限の行使ですから、実行には、地方裁判所家庭裁判所、または、簡易裁判所の裁判官の許可を得なければなりません。そのため、臨検・捜索まで至ったという話は、めったに耳にしません。

 

④決議

 上記4つのプロセスによる調査結果を基に、一時保護の要否が決定されます。決定権を持つのは、基本的に、児童相談所ですが、都道府県知事にも決定権が認めらています。
 そして、この決定に基づき、児童の安全確保、保護が行われるというのが一時保護の大まかな流れです。

 

前半はここまで。

 前半では、一時保護に至るまでの法的な根拠や調査方法などを解説しました。
 後半では、一時保護の判断に使用するフローを改めて確認しつつ、一時保護期間中の措置や一時保護後の対応、一時保護の留意点などについても見ていきたいと思います。

 最後までご覧いただきありがとうございました。

公認心理師過去問解説 2018年午前 第二問 児童虐待 緊急一時保護

 

目次

 

 本日は、公認心理師試験2018年午前第二問を見ていきたいと思います。テーマは、緊急一時保護についてです。 まずは、問題を見てみましょう。

【問題】

児童虐待について、緊急一時保護を最も検討すべき事例を1つ選べ。


1 .重大な結果の可能性があり、繰り返す可能性がある。
2 .子どもは保護を求めていないが、すでに重大な結果がある。
3 .重大な結果は出ていないが、子どもに明確な影響が出ている。
4 .子どもは保護を求めていないが、保護者が虐待を行うリスクがある。
5 .子どもが保護を求めているが、子どもが訴える状況が差し迫ってはいない。

 

【答え】

2

 

【解説】

 やはりこの問題も、知識問題ですね。この問題は、緊急一時保護を含めた、一時保護のシステムを理解できているかが問われています。
 一時保護については、別の記事でまとめています。ぜひご覧ください。

 一時保護の目的は、子どもの生命の安全、子どもの福祉を確保し、子どもの権利が脅かされる状態から保護することです。一時保護は、原則として保護者の同意が求められます。しかし、緊急一時保護は、その中でも緊急性がある場合に児童相談所長の判断で児童を保護することができるという仕組みです。
 大変強い権限の行使になりますので、明確な基準、手続きを基に、十分に吟味した上で、実行されなければなりません厚生労働省は、「子ども虐待対応・アセスメントフローチャート」として、一時保護を検討するときの対応として求められる流れを次のような図で示しています。
 この問題は、このフローチャートが頭に入っているかを確認している「だけ」と言っても良いほど、このフローチャートを知っていれば解けてしまいます。

 厚生労働省 子ども対応の手引きより、「子ども虐待対応・アセスメントフローチャート」(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv12/05.html)(リンク先では、ページ末尾に掲載)

 これを見れば、緊急一時保護に至る条件として、選択肢の2つ目「子どもは保護を求めていないが、すでに重大な結果がある」が正解だと分かります。
 他の選択肢に関しても、このフローチャートに記載されていますから、問題の作成者は完全にこのフローチャートを意識して問題を作ったのだろうと思います。
 

 答えが分かったところで、今度は他の選択肢を図を見ながら確認するとより勉強になります。早速、見てみましょう。

●選択肢1 重大な結果の可能性があり、繰り返す可能性がある。
 フローチャートを④→⑤の順に見ていくと、1が示しているのは「発生前の一時保護を検討」になります。緊急一時保護の対象ではないため不正解です。

●選択肢3 重大な結果は出ていないが、子どもに明確な影響が出ている。
 これは、フローチャートを③→④→⑥と確認すると「集中的な援助、場合によっては一時保護を検討」に該当するのだと分かります。一時保護が検討される場合はあっても、緊急一時保護の対象ではありません。

●選択肢4 子どもは保護を求めていないが、保護者が虐待を行うリスクがある。
 これも、①→③→④→⑥→⑦と見ていくと、選択肢3と同じ「集中的な援助、場合によっては一時保護を検討」です。

●選択肢5 子どもが保護を求めているが、子どもの訴える状況が差し迫ってはいない。
 問題の作成者は、この選択肢と2番で悩ませたかったのかな、と感じます。この内容だけでは、結果は出ません。フローチャート③の部分で「すでに重大な結果がある」のだとすれば、緊急一時保護案件になるためです。
 仮にこの選択肢と、選択肢2で迷ったとしても、選択肢2の方で「すでに重大な結果がある」という選択肢が出ています。比較すれば「緊急一時保護を最も検討すべき事例」という観点から選択肢5は不正解となります。

 

【他の解き方】


 まずは、問題から児童虐待における、緊急一時保護の要件を問われていることはわかります。
 仮に、緊急一時保護が何なのか全く分からなかったとしても、「虐待された児童を緊急に保護すること」と考えて、保護が必要な状態にありそうな状況で検討すると、「すでに重大な結果がある」という項目が最も優先度の高い項目だろうということは容易に選べてしまいます。
 

【まとめ】

 福祉領域での実務面で非常に重要になる関係行政論は、臨床心理を学んできた臨床心理士が暗記しようとしても、難しい分野の一つです。
 そんな時は、今回ご紹介したようなフローチャートを基に、いろいろな事例をフローチャートに当てはめてみる経験を通して、基本的な対応の流れを理解する方法が勉強になります。
 こうした基本的な対応の流れは、各領域で明確にフローチャート化されていることが多いため、公認心理師試験に限らず、心理の試験に出されやすい内容です。勉強を進める際も、フローチャートになっていたら、「すべてのフローを追ってみる」という気持ちで、ぜひお試しください。

公認心理師過去問解説 2018年午前 第一問 サイコロジカル・ファーストエイド

現任者、いわゆるGルートの受験できる期間が終了したので、これからは、やや専門的な内容も含めながら、時間をかけて公認心理師の過去問を解説していきたいと思います。

 

■過去問解説 目次■

 

では早速、第一回、2018年 午前 第一問から見ていきましょう。

 

【問題】

公認心理師試験 2018年 午前 第一問

 

サイコロジカル・ファーストエイドを活用できる場面として、最も適切なものを1つ選べ。


1 .インテーク面接
2 .予定手術前の面接
3 .心理検査の実施場面
4 .事故現場での被害者の救援
5 .スクールカウンセリングの定期面接

 

 

 

【答え】

4

 

【解き方】

 これは、単純にサイコロジカル・ファーストエイド(PFA)を知っているかどうか」で即答可能な問題です。加えて、仮に知らなかったとしても、救急箱にFirst Aidと書いてあったりするので、救急場面に使うのかな?と想像すれば、簡単に解けてしまいます。日本語訳すると、「心理学的な最初の手当」「心理学的応急手当」といった感じでしょうか。日本語訳できるだけでも答えが導けそうです。
 ただ、せっかくなので他の選択肢を見てみましょう。

 ●1.インテーク面接は、初回面接からクライアントの見立ての概要をまとめるまでの数回の面接を指します。クライアントとの関係性を作り、問題の背景や成り立ちを把握し、今後の方針についてクライアントの合意を得ることなどを行います。
 ●2.予定手術前の面接、PFAを知らない状況でこれを見ると怪しく感じるかもしれません。この選択肢を作った人は、ERAS (Enhanced Recovery After Surgery)を意識していたのではないかと思います。ERASでは、患者の術後早期回復を目指し、手術前のカウンセリングや情報提供~術後のリハビリに至るまで、心身への影響の大きい手術を控える患者をチーム医療で支えます。第一回試験の第一問だけに、正答ではない選択肢にもこだわりを感じますね。
 ●3.心理検査の実施場面、インテーク面接と同様の姿勢で、まずは被検査者との関係性を作り、安心して検査に臨んでもらえるようにすることが大切です。「心理学的な最初の手当」を活用する場面ではないでしょう。
 ●4. 事故現場での被害者の救援 これが正解です(解説は後程)。
 ●5.スクールカウンセリングの定期面接「定期」面接ですので、事前に予約を取り、面接していると考えられます。ただの「面接」であれば、学校で起きた重大なショックを伴う出来事の直後に行われる面接の可能性もありますが、定期面接ですから、First Aidに該当するとは考えにくいでしょう。

 例えPFAを知らなくとも、公認心理師の受験者であれば、この時点で、選択肢1と3、できれば5までは除外してほしいところです。
 2の選択肢を除外するには、知識も問われます。しかし、「予定手術前の面接」という内容から、インフォームドコンセントなどを想定することができれば、「心理学的な最初の手当て」という直訳も併せて考えて、4を選ぶことが出来るのではないかと思います。

 ここで「解けるから終わり」としてしまうのはもったいないです。サイコロジカル・ファーストエイドには、心理支援職に求められる必要な要素が詰まっています。せっかくなので、サイコロジカル・ファーストエイドについて、試験に出るポイントをまとめながら、理解していきましょう。

サイコロジカル・ファーストエイドの解説】

【目的】

サイコロジカル・ファーストエイド(Psychological First Aid:PFA)は、災害やテロ等の直後に、子ども~大人までを対象に、それぞれの段階に適切な支援を行うことを目的としています。支援対象に、支援者も含まれる点も重要なポイントになります。
 PFAは、災害直後からスタートします。要支援者の災害初期の苦痛を和らげ、短期的な適応と長期的な適応を見据えて、要支援者の適応的な対処行動を促進する支援を行います。

【PFAのメリット】

 ・災害直後から、メンタル面、実生活のサポートを早期に開始できること
 ・被災者への支援として、既に実践が積まれ、効果が実証された支援であること
 ・要支援者の発達、文化的な側面に配慮した支援であること
 ・要支援者は、専門家が不在になった後も、セルフケアができるような資料を得られること

【PFAの基本】

PFAにおいて、専門家には次のような技能が求められます。
 ・心理的トラウマと今後のリスク、回復経過について、研究結果を基にした支援
 ・災害現場に適用可能で、実用性のある支援
 ・生涯発達のそれぞれの段階に適切な支援
 ・文化的に配慮された、柔軟な対応

【PFAにおける基本方針】


 1.物心両面での支援:共感的な姿勢で被災者の精神面をサポートするだけでなく、食料や毛布など、必要な物資の提供も含めて行う。
 2.アセスメント:被災者の身体疾患の有無も含めて、早期かつ適切なアセスメントから支援につなげる
 3.情報提供:専門家の役割、できることできないことを明確化したり、適切な情報提供を行う。
 4.連携:被災者の周囲の人とのかかわりを促進し、できるだけ早く周囲のソーシャルネットワークとつなぐ。専門家による支援が撤収した時を見据え、後に残る支援体制を構築する。

【専門家として求められる態度】


 ・被災者が専門家にアクセスできるように、専門家自ら声を掛けに行ったり、支援が必要な人を探しに行く態度(アウトリーチ
 ・被災者に対して、まずは自己紹介を行い、穏やかなトーンで、慎重かつ落ち着いて声をかける
 ・距離の取り方や身体接触の程度など、文化や多様性に考慮した対応を行う
 ・支援システムの枠組みの中で、自らできる支援を理解し、その範囲を守る。
 ・専門家自身でセルフケアをすることができる。

【オリジナル問題】

 

オリジナル問題

災害時の公認心理師の支援として、最も適切なものを1つ選べ。

 

1. 被災直後、特に男性は、平然と振舞っていても心理的なダメージを追っている場合があるため、全員に支援が行き届くように、個別に話を聞いて回った。
2. 支援を通して、公認心理師自身にも不安障害の初期兆候とみられる症状が現れたが、被災者支援を優先した。
3. 被災直後、被災者の様子から心理的な支援が必要だとアセスメントしたが、ひとまず安全なテントで休ませて、水を提供した。
4. 被災直後、被災者が自ら自身の経験や今の感情を話し始めたため、個別にカウンセリングを行い、気持ちを吐き出せるように支援した。

 

【答え】

3

<h4>【オリジナル問題解説】
1. 被災者全員に支援が必要だと考えるのは、「支援の押しつけ」になります。「何か困っていることはありますか?」と声をかけて回る姿勢が大切なので①は×です。また、大規模災害直後は、自殺者が減少する現象があり、ネムーン効果として知られていますが、「特に男性は」とする根拠もありません。
2. 支援者はまず、セルフケアできることが大切ですが、被災者支援を通して支援者もダメージを負う場合も少なくありません。そこで、PFAでは、支援者も支援を受けることを想定しています
3. PFAは、まず安全、食料の確保を優先するため、テントで休ませて水を飲ませるという対応は適切です。
4. PFAで心理的なカウンセリングは行いません。また、災害時の感情を話させることは、心理的デブリーフィング」と呼ばれ、PTSDへの対応として逆効果であることが研究で明らかになっています。※この心理的デブリーフィングは、公認心理師試験必須です。確実に覚えておきましょう。

 

 

【参考】


サイコロジカル・ファーストエイドについて、より詳しい情報をご覧になりたい方は以下をご利用ください。

・ウェブサイト
1.WHOが発行するPFAガイド(pdfが開きます)
https://saigai-kokoro.ncnp.go.jp/pdf/who_pfa_guide.pdf
2.アメリカ国立PTSDセンターが発行するPFAガイド(pdfが開きます)https://www.niph.go.jp/topics/PFAmanual.pdf ←無料公開されていますが、書籍で買おうとすると1320円します。
3.厚生労働省ゲートキーパー養成のために作成した資料(pdfが開きます)https://www.mhlw.go.jp/content/text3_06_19-20.pdf


・書籍
1.メンタルヘルス・ファーストエイド: こころの応急処置マニュアルとその活用(Amazonhttps://amzn.to/3Prd1A4 
※私が学生時代に実習をした夜間の自殺相談窓口では、待機時間でこの書籍を読むように勧められました。参考になる本でしたが、少し高いので、お近くの図書館で探すと良いと思います。私の自宅の最寄り図書館には置いてありました。

【公認心理師試験対策】マズローの心理学

 皆様こんにちは、PSYCHOBANK管理人のJayです。今日も張り切って心理学を勉強していきましょう。
 さて、前回の記事では、ホーソン研究についてご紹介しました。

psychobank.hatenablog.com

 ホーソン研究の結果、人間は社会的な存在で、帰属意識や他者からの承認によってワークモチベーションが向上することが分かりました。これにより、産業組織心理学において人間関係論の基礎ができたとされています(ホーソン研究のポイント)。
 では、なぜ帰属意識や他者からの承認が、人間のモチベーションに繋がるのでしょうか。心理学者のマズローは、自己実現という言葉を用いてその理由を説明しました。そこで、今回は、マズローの心理学の中心理論である欲求階層説を解説したいと思います。

この記事から分かること

  

 

アブラハム・マズローの人生

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親に敷かれたレールの上を歩む


 アブラハム・ハロルド・マズローAbraham Harold Maslowは、1908年、ニューヨークブルックリンに生まれます。マズローの両親は、ロシアからアメリカに渡ったユダヤ系移民です。
 また、マズローは、7人兄弟の長子として、両親から過分な期待をかけられて育ちます。マズローの両親は、マズローを法律家にしたいと考えていました。両親からマズローにかけられる期待はとても大きかったそうです。

親のレールを外れ、ハーローの下へ


 両親の影響により、マズローは、1926年から2年間だけ法律を学びます。しかし、1928年、マズローウィスコンシン大学に転校し、心理学を学び始めます。マズローが自分の人生を切り拓くために、親の決めた法律家というレールから外れることを決意した時期だったのでしょう。
 マズローはその後、ウィスコンシン大学で、ハリー・フレデリック・ハーローと共に働くこととなります。ハーローは、アカゲザルの母子分離に関する研究で有名な研究者です。両親から干渉を受けてきたマズローにとって、興味深い研究だったのではないでしょうか。
 ハーローの研究を通して、幼児が養育者に愛着を抱くのは、食事を提供するからではなく、安全を提供するからであると明らかになります。この結果は、それまでの学説を覆す決定的な結果で、発達心理学を始め、心理学に大きな影響を及ぼします。

アドラーに師事する

 のちに、マズローは、コロンビア大学でアルフレッド・アドラーに師事します。アドラーは、「人間は『どうなりたいか』という目的にそって、主体的に行動を選択することができる存在だ」としています。
 アドラーの考えは、マズローにとって、両親の意向と異なる人生を自ら選択したマズローの人生そのものを肯定するような考えに感じられたのかもしれません。

 マズローの出会いを知ると、マズローの理論のすべてが一貫性を持っており、最終的に欲求階層説に至ったことが良く分かります。

マズローの心理学

精神的本性

 マズローは、自身の著書の中で、マズローの心理学における前提となる「精神的本性」について、次のようにまとめています。


 ①人間には、生まれ持って備わった精神的な本性(何かを成し遂げようとする意思のようなもの、資質)がある。精神的本性は、自然で、基本的に不変である。
 ②精神的本性は、個人でも、人類的な規模でも独自のものである。
 ③精神的本性は、科学的に調べ、どのようなものかを発見することができる。
 ④精神的本性は、本質的に中立、または、より善である。悪い行動は、精神的本性が妨げられた結果として生じる二次的な反応である。
 ⑤精神的本性は善なので、抑制することなく、引き出し、励ます方が良い。精神的本性を発揮できる状況において、人間は健康で、幸福で、生産的になる。
 ⑥精神的本性が認められなかったり、抑えられると、人間は病気になる。
 ⑦精神的本性は、弱く、繊細かつ微妙で、社会的な要因(文化や慣習など)によって簡単に圧倒されてしまう。
 ⑧一方で、たとえ圧倒されたとしても、精神的本性は心の底に残り、絶えず本人に実現を求め続ける。

 

まとめ

「人間には、精神的本性という潜在的な欲求が存在し、人間はそれを無くすことはできない。欲求を抑圧したとしても、病気になるか、欲求を実現するように絶えず求められる。欲求を抑制せずに引き出すことで、人間は幸福になれる。」

 

精神的健康

 また、マズローは、病気の人よりも、健康的な人や自分の才能を発揮することができている人を対象に、その精神的健康や欲求を調査しました。マズローが精神的健康としてまとめたのは次の通りです。

マズローによる精神的健康の定義

 ①明快で正確に現実を捉えている。
 ②経験的に開かれている(ありのままの自己で、現実と向き合い、現実を経験することができる)。
 ③人格の統合性全体性、結合の増大が見られる。
 ④自発的かつ表現豊かで、精神的に完全な機能、活力がある。
 ⑤ありのままの自己を認め、確かな自己同一性、自律性、独自性をもつ
 ⑥自己の客観性を保ち、自己を離れ、自己を超越することができる。
 ⑦創造力豊かである。
 ⑧具体性と抽象性を融合する能力がある。
 ⑨民主的な性格構造である。
 ⑩愛する能力がある。

 マズローが定義した精神的健康は、抽象的で曖昧さをはらんだ表現と言えます。一方で、上にあげた10項目は、カウンセリング等の支援で必須の確認事項と言えます。実践でとても役立ちますので、覚えておきましょう。

欲求階層説


 先述した通り、欲求階層説は、「人間が何に向かって動機づけられるのか」という点を階層的に示した理論です。
 欲求階層説の理論において、マズローは、人間の欲求を、大きな枠組みとして欠乏欲求成長欲求に区別しました。

欠乏欲求

 欠乏欲求は、その欲求を満たすためにモノや人への依存が必要になる欲求のことを指します。マズローは、欠乏欲求が満たされない場合、人間は緊張状態となり、やがて病気に至るとしました。一方で、欠乏欲求が満たされると緊張は解消され、治癒力が回復するとしました。また、欲求を持続的に満たすことは、病気の予防に繋がるとしました。
 欠乏欲求は、生理的欲求、安全の欲求、所属欲求、自尊感情(自己承認・自己尊重)の欲求の順で構成されます。欠乏欲求を満たすために人間が動機づけられることを「欠乏動機づけ」と呼びます。欠乏欲求は、成長欲求を満たすよりも前に、満たされている必要があります。

【欠乏欲求(①生理的欲求)】
 生理的欲求は、欠乏欲求の中でも最も低次で基本的な欲求です。食欲、睡眠欲といった生理的に必要な欲求がそれにあたります。

【欠乏欲求(②安心・安全の欲求)】
 生理的な欲求が満たされると、次は安心安全の欲求が表面化します。ここでの安心安全は、住居や健康状態、仕事の安定性など環境的な安心安全を指します。

【欠乏欲求(③所属意識の欲求)】
 環境的な側面における安心安全が満たされると、愛と帰属意識、つまり、所属欲求が表面化します。所属欲求は、友情や愛情、社会から受け入れられている状態のことです。言い換えれば、他者や組織から受け入れられることで、精神的な安定を求める段階と言えます。

【欠乏欲求(④自尊感情の欲求)】
 所属欲求が満たされると、次は自尊感情の欲求が表面化します。この欲求は、他者から自らが承認されることや自らの能力を用いて何かを実現したいという欲求のことです。自己実現欲求に似たものと理解されがちですが、実現の先に他者からの承認や報酬的期待がある点で、自己実現とは明確に区別されます。

 

成長欲求

 成長欲求は、人間の高次な欲求とされ、認知的欲求審美的欲求自己実現の3段階に分けられます。いずれも、欠乏欲求とは異なり、人は、成長欲求を満たす過程で行動すること自体に動機づけられています。そのため、成長欲求は、欲求を満たすための行動に終わりが無く、永遠に人を動機づけることが出来るとされます。こうした、成長欲求に基づく動機づけのことを「成長動機づけ」と呼びます。

 

【成長欲求(①認知的欲求)】
 知識や理解への飽くなき探求心が認知的欲求に該当します。知識を得ること自体に動機づけられている状態が認知的欲求段階に当たります。テストの点数や合格のための勉強ではなく、自ら進んで学ぶ知的好奇心を満たすための活動がこれに当ります。

【成長欲求(②審美的欲求)】
 秩序や調和、美しい状態を求める欲求が審美的欲求に該当します。芸術や自然の調和、美しさの概念は時代や文化によって違いがあります。マズローは、この美しさや調和の取れた状態を追求する行為自体が成長欲求であるとしています。

【成長欲求(③自己実現欲求)】
 欠乏欲求が満たされ、成長欲求を絶えず探求する中で、自分自身の可能性を追求し続けたいとする欲求が自己実現欲求です。自己実現の段階を通じて、心理的にもスピリチュアルな意味でも満たされていくとされています。

マズローの欲求階層説まとめ

 欲求階層説とは、人間の動機づけに関する理論の一つ。提唱者のアブラハム・マズローは、人間が動機づけられる目標を欠乏欲求成長欲求の7段階に分けて、階層的に示した。そのうち、欠乏欲求は、低次な欲求とされ、生理的欲求から始まり、安心欲求社会的欲求承認欲求へと変化していく。また、成長欲求は、認知的欲求審美的欲求自己実現欲求へと繋がるとされる。
 また、マズローによれば、人間は、それぞれの欲求を満たすために努力し、欲求が満たされることで、次の段階の欲求が表面化するとされる。
 各段階の欲求は、一度満たされると、その欲求充足のために、人を動機づけることはできなくなるが、自己実現を求める欲求は、動機づけが低下しないと考えられている。
 マズローの欲求階層説は、心理学の様々な分野に影響を与えたものの、現在は、欲求階層説の理論的正当性は認められないと考えられている。

おまけ
 マズローについて調べると、「成長欲求の最終段階には、自己超克という段階がある」とする書籍がいくつかありました。自己超克は、自己実現に向かって自身の可能性を探求しようとしている人を援助しようとする精神状態のことで、より神に近い段階を指すようです。
 ただ、この自己超克は、よりスピリチュアルなレベルの話であり、「誰かの助けになりたい」というボランティア精神とは明確に区別する必要がありそうです。もちろん、ボランティア精神も尊い感情だとは思いますが、それらはどちらかといえば、コミュニティへの所属意識や承認を求める欠乏欲求が根底にあるように思えます。
 マズローが、欲求階層説の先に何を見出したのかはわかりません。ただ、人間にとって理想となる精神状態を追い求める彼の姿勢は、自己実現に向かう姿勢そのものだったのかもしれません。