ワークモチベーションに関連する問題は、公認心理師試験で毎年のように出題されています。中でも、科学的管理法、ホーソン研究は、産業分野に心理学を応用した研究としてのちの時代にも大きなインパクトを残した研究です。
例えば、今では当たり前となっている上司と部下のような役割分担は、機能別職長制度として、科学的管理法で取り入れられました。
近年、産業組織心理学分野のトレンドとなっている健康経営や職務特性モデルといった考え方に繋がっているといえます。
今後も公認心理師試験の問題や選択肢に、キーワードが盛り込まれると考えて良いでしょう。
産業分野で働いていない方も、概要を理解しておくことは、試験以外にも役に立つと思います。今回は、科学的管理法について取り上げていきます。理屈から理解して覚えていきましょう。
産業組織心理学の成り立ち
産業分野に心理学が持ち込まれた当時は、第二次産業革命によって、重工業が発展し、エネルギー源は石炭から石油、電気へ変わり、より大量に生産、消費することが可能となった時代です。
しかし、労働者の働く環境に対する企業側の関心は低く、労働生産性という面では非常に非効率な時代でもありました。そのため、19世紀末頃、米国では、労働効率を上げるために能率増進運動が展開されるほどでした。
また、同時に、労働者の権利に関する法律の制定が進み、使用者への規制が徐々に強まりつつあった時代でもあります。そんな時代にあって、生産性を高め、消費を促し、利益を追求することは企業が生き残るために必要なことだったのでしょう。
結果として、1908年のスコット(Scott.W.D)による「広告心理学」、1912年のミュンスターベルグ(Münsterberg,H.)による「心理学と産業効率」の発表に至り、産業分野に、心理学が取り込まれることになります。
スコットは、産業組織分野の中でも広告心理学に焦点を当て、ミュンスターベルグは人材の選び方、仕事の方法、仕事の成果という点に着目しました。ミュンスターベルグはスコットよりも幅広い観点から産業分野全体をとらえようとしたと言えます。そのため、ミュンスターベルグは産業組織心理学の父、スコットは広告心理学の父と呼ばれています。
科学的管理法の時代背景
さて、上記のように、「効率が求められる一方、労働者の権利も守らなければならない」となると、それまでの使用者にこき使われる労働者という構造とは異なる、新しい労使関係のあり方が必要となります。
そこで、労働者と使用者はお互いに協力して利益を追求することができるという構造でとらえようとしたのがテイラー(Tylor)です。ちなみに、「労働者も企業の利害関係者である」という考え方は、現代の企業コンプライアンスでは基本となっています。
1911年、テイラ-は、「科学的管理法の原理」を出版します。先述した通り、使用者は労働者を酷使して沢山生産したいと思う一方で、労働者の権利について法律の整備が進んでいく、そんな時代でした。
結果として、労働者は、ストライキや組織的怠業(労働者があえて生産性を落として働くこと)などを通して反発するようになり、労使間の対立が顕在化していました。
当時、技師として働いていたテイラーは、特にこの組織的怠業を改善し、労働生産性を上げる一方、利益を正当な額の報酬として労働者に還元することで、労使間対立を改善しようと考えました。その結果、考案されたのが、科学的管理法です。
科学的管理法とは
科学的管理法とは、労働者が最も作業しやすい方法を見出し、その方法でどれくらいの時間働く必要があるか基準を明確にすることで、労働者個人個人の成果を適切に評価しようという管理方法です。
科学的管理法では、主に、時間研究と課業管理、動作管理の3つの方法で労働者を管理していきます。
<時間研究>
テイラーはまず、熟練労働者の作業時間を計測しました。すると、熟練労働者の動きにも不必要な動きやミスがあり、単に時間測定をするだけは不十分なことが分かりました。
そこで、時間研究では、一つの作業を細かく分解し、それぞれの作業を平均的な労働者が行った場合の時間を測定します。そして、時間という基準をもとに、最もやりやすい(無駄な時間を排除した)作業の方法を見出す過程が時間研究です。
<課業管理>
課業管理では、時間研究を基に作業を標準化し、①標準的な諸条件の元で、②一日の標準的な作業量を設定します。そして、③標準的な作業量を超えた場合にはインセンティブを④下回った場合には、低い割合の賃金を与えます。
<動作研究>
動作研究は、テイラーよりもギルブレス夫妻(Lillian Gilbreth & Frank Gilbreth)がより詳細に研究を行いました。
ギルブレス夫妻は、作業の基本的な動作をサーブリッグという18種類に分類します。ちなみに、このサーブリッグというのは夫妻のファミリーネームGilbrethを反対から読んだものです。心理学科では、教授がドヤ顔で説明する定番の豆知識です。
そして、このサーブリッグはさらに、①上半身を用いる動作、②感覚器官(目や皮膚感覚など)を用いる動作、③無駄や不必要な動作、不必要だが避けられない動作に分類します。
無駄な動作を区別し、取り除いていくことで、労働者の負担を軽減して生産性を向上することが目的となっています。
科学的管理法の結果
時間研究、課業管理、動作研究この三つの工程を通して労働を効率化したテイラーの科学的管理法は、結果として、労働生産性、従業員のワークモチベーションを向上させました。
科学的管理法を導入しやすい自動車工場などの環境では、積極的に科学的管理法が取り入れられ、飛躍的に生産性を向上させました。
テイラーはもともと、労働者と使用者が共に利益を受けられる働き方を目指し、科学的管理法にたどり着いたのだろうと思います。
それゆえに、テイラーの時間研究や課業管理、ギルブレス夫妻の動作研究も、仕事に合わせて労働者を配置する適材適所的考え方ではなく、どんな労働者にもできるような仕事のあり方を目指していたと言えます。
20世紀初頭の日本は、いわゆる列強を目指していたこともあり、さほど世界の流れから遅れることなく科学的管理法を取り入れました。しかし、科学的管理法は、日本国内でも労働者を機械の一部のようにみなす管理の仕方であるという批判を受けてしまいます。
その後、科学的管理法は、時代や文化に合わせて修正を繰り返しますが、世界的な流れで見れば、現在まで続く、産業組織心理学の基礎となったことは間違いありません。
一方の日本企業はというと、科学的管理法を十分に取り入れることができているとは言えないでしょう。日本企業が本腰を入れれば、無駄を省き、労働生産性を向上させ、労働者の負担軽減、企業のコスト削減、労働者への利益の還元を実現することは可能なはずです。
今一度、科学的管理法のメリットデメリットを整理し、日本文化や企業風土に合わせた労働環境の整備が必要なのかもしれません。